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2009年12月15日 (火)

日本各地の庭石の標本園 - 清澄庭園

江東区の清澄にある清澄庭園は、明治20年代に三菱財閥の創始者、岩崎家が三代かけて完成させた「清澄園(深川親睦園)」の東半分が、関東大震災後に東京市に寄贈されたもの。震災で壊滅的な打撃を受けた西半分は資材置き場などとして利用されていましたが、昭和50年代に公園として整備され、現在では「清澄公園」となっています。

清澄庭園の見ものは、かつては汐入りだった広大な池泉。入口側には大正記念館、対岸には涼亭という日本建築が立ち、西南側の端には富士山と呼ばれる築山が築かれています。また岩崎家三代が得意の船運を通じて全国から買い集めた沈石奇石が至るところに置かれ、さながら庭石の標本園の観を呈しています。

庭園のある場所は江戸開府の頃はまだ海だったところで、その後埋め立てられて漁師町となりましたが、北を小名木川、南を仙台堀という内陸船運の主要交通路に挟まれており、多少なりとも海辺の気配が残っています。

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中の島から眺める池。12月初旬とあって、松の木には雪吊りが施されています。

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庭園西端から眺める涼亭。

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富士山と枯滝石組。富士山にはもともと木を植えない予定だったようですが、長い年月のうちに実生で生えてきてしまったそうです。

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池に遊ぶ鴨。

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大沢渡り。このように水上を歩くように石の敷かれた場所が3か所あり、水や水鳥と親しむことができます。

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入口すぐ横に立てられた伊豆磯石。まるで太湖石のようですが、旧日本館の中庭にしつらえられたものです。

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大沢渡りの続きに立てられた青石。実は池の上に張り出すように建てられていた旧日本館の束石(柱の基礎になる石)です。

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摂津御影の棗型手水鉢。これも旧日本館の縁先に置かれていたものです。

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仙台石の石橋。巨大な一枚岩が二枚渡してあります。

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佐渡赤玉石。採り尽くされてしまって現在では入手不可能です。

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かつての深川親睦園の西側部分にあたる現在の清澄公園。紅葉が見事です。

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近くの常盤一丁目にある深川芭蕉庵あと。「古池や」の句が生まれた場所です。

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深川芭蕉庵のはす向かいにある正木稲荷。おできの神様として崇敬を集めています。

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