« 2009年4月 | トップページ | 2009年9月 »

2009年8月

2009年8月30日 (日)

近江庭園紀行(その2)

今回は庭園紀行の続き、彦根、多賀、近江八幡です。

Photo

彦根城の一角にある池泉回遊式庭園、玄宮園です。入口を入るとすぐ右に船着場があり、船で広い池に漕ぎだせるようになっています。池は琵琶湖の縮景になっており、ほとりには臨池閣という建物が水面に張り出すように建てられ、その背景には天守閣がそびえています。

Photo_2

臨池閣の彼方には天守閣が望めます。

Photo_4

夜、彦根の花火大会を見るために芹川の堤を歩いていたら、羽化中のセミを発見。白く光っていて幻想的です。

Photo_5

鈴鹿山脈を望む湖東の古社、多賀大社の参道です。翌日が万灯会なので提灯がたくさん飾りつけてありましたが、人っ子一人いませんでした。ヒグラシの時雨降り、涼しく、かつ清々しい木陰の道です。

Photo_7

近江八幡の八幡山から望む安土城址と、その手前に広がる西の湖の水郷。

Photo_8

八幡堀を行く屋形船。(撮影:小林智樹)

庭園は彦根の玄宮園しかありませんが、湖東は全体が大きな庭園のようなもの。どこへいっても水と山の織りなす気持のよい景観があり、セミの声と涼風が炎暑を和らげてくれます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月28日 (金)

近江庭園紀行(その1)

8月初旬に近江旅行に出かけ、長浜その他で少々庭を見てきました。近江は京都に次ぐ日本庭園王国。琵琶湖や周囲の山々の地勢を生かした名園がたくさんあります。といっても今回行ったところはそれほど有名な場所ではありません。反対にあまり人が行かないような場所ばかりだと言ってもよいでしょう。それでも写真を見ただけで何となく大地の気脈のようなものが感じ取れます。

Photo_2

長浜市宮司町にある総持寺の庭園です。行基の創建になると伝えられる古刹で、ボタンの寺として有名。庭は小堀遠州の作という説があり、すぐ近くに小堀遠州の生誕の地があります。規模は大きくありませんが、周囲の宅地から切り離された異世界のような雰囲気を持ち、こじんまりとまとまりのよい庭です。

Photo_3

近くにある「ばんば堀」。小堀家の屋敷の馬場の跡と言われ、庭園以外で小堀遠州の事績が偲べる数少ない遺跡の一つです。

Photo_4

こちらは長浜八幡宮庭園。八幡さまの境内の一角に池と弁天堂が残されているだけですが、石組がすばらしいとの評価を得ています。

Photo_5

庭園ではありませんが、「長浜浪漫ビール」のすぐ脇に残る船板塀です。湖国の風物詩。

Photo_6

長浜城址の横の琵琶湖畔にある太閤井戸跡。なぜ琵琶湖の中に井戸が?

Photo_7

「長浜鉄道スクエア」のすぐ南にある慶雲館庭園。明治期に地元の豪商、浅見又蔵氏が建てた迎賓館で、庭園は植治(小川治兵衛)の作品です。高低差をうまくつけて琵琶湖を借景に取り入れた回遊式庭園ですが、圧巻なのは何といってもふんだんに使われている石の重量感。すべて周辺の山地から琵琶湖の船運で運ばれてきたもので、土地と庭の意匠が決して切り離しては考えられないことの好例でしょう。

タイトルが「近江庭園紀行」なのにこれだけ? と思われた方も多いでしょうが、今回の旅行は何といっても「近江鉄道紀行」の付録だったのです。羊頭狗肉ですみません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 6日 (木)

教会に行ったフクロウの話

今回はちょっと心温まる話。嵐で吹き倒された木から這い出してきたフクロウのヒナが地元民に保護されて新しい住処を得たという話です。

========

フクロウのチャーリー、教会へ行く

ティム・プラット

 

スタークビル発 チャーリーというのはスタークビルの中心街からそう遠くないグリーンズボロ・ストリート沿いの木をねぐらにしていた生後5週間のメンフクロウ。先週末まではグリーンズボロ・センターの前に立っているオークの大木の上に母親や数羽の兄弟と一緒に暮らしていた。付近の住民によればその木が植えられたのは1920年代のことで、幹周り89フィートに育っていた。

ところがここ数日、チャーリーは隣の木で暮らしている。先週末ゴールデン・トライアングル地方を襲った嵐の影響で、スタークビル各地で何本もの木が吹き倒されたが、残念なことにチャーリーの住んでいた木もその中の1本だった。日曜の朝にチャーリーは木から這い下りてグリーンズボロ・センターの方へ進み、階段を這い登って正面の開いているドアから建物の中に入っていった。ドアは中でミサが行われているので半開きにしてあったのだった。

チャーリーがマロリー・キースラーさんに出会ったのはグリーンズボロ・センターの玄関の広間だった。マロリーさんは11歳の女の子で、ミサから帰るところだった。1145分頃玄関に出てくると、隅の方に何か動いているものがあった。

「最初はポッサムかと思ったの」と彼女。

父親のマイク氏が近づいてよく見てみると、それはフクロウだった。そこでチャーリーを毛布でくるみ、奥さんのミラに車でウォーター・バレーにあるミシシッピ野生動物リハビリテーション・グループのオフィスまで連れて行ってもらった。調べたところ、チャーリーはいたって健康であることがわかり、同グループの教育係であるナンシー・ファッチマン氏が水曜の午後にスタークビルに連れて帰った。

マロリーさんは「チャーリーにまた会えてとってもうれしいわ。だってほんとうに会いたかったんだもの」と大喜び。

オクティッベハ・オーデュボン・ソサエティのローレンス・クロフト氏がチャーリーのために大きな箱型の巣箱をつくってくれ、もと住んでいた木から約40フィート離れた場所に設置された。チャーリーは水曜の午後にファッチマン氏の手で箱の中に置かれた。

ファッチマン氏も野鳥の会の他のメンバーも、チャーリーの母親がまだ周辺にいて、自分の子供の世話をしに新しい巣に戻ってきてくれることを望んでいる。

「私たちはすべてがうまく運んでいると思っているわ」とファッチマン氏。「巣がこわれてから数日のうちに超特急でことを進めたんですもの。親鳥はきっとまだこの近くにいるわ。たぶん夜になればチャーリーが鳴くので、周りを飛び回っている親鳥にそれが聞こえるでしょう。普通にいけばうまくいくわ。」

 

野鳥の会のメンバーたちができればグリーンズボロ・ストリートの木に戻したいと考えているフクロウは、実はチャーリーだけではない。チャーリーの巣のあった木が突風で折れた時、倒れずに残った部分の中には他に2羽のメンフクロウが残されていた。処理業者のBig A’s Bucket Serviceが根元の部分から伐採して、ようやくその2羽のフクロウが発見された。

そのうち1羽は怪我がひどいためにその後安楽死させられたが、もう1羽は足を骨折しただけで、ミシシッピ野生動物リハビリテーションで治療中。ファッチマン氏はあと数週間して傷が癒えたらそのフクロウをグリーンズボロ・ストリートに戻してやりたいと考えている。野生動物協会の職員は、巣箱を観察してフクロウの健康状態を監視したい、と話している。

巣箱はグリーンズボロ・センターのまん前に立つ木に設置されたが、同センター内にはスタークビル学区の教育委員会が入っているので、上記のいきさつは学校関係者の関心を集めた。委員長のジュディ・カウエイ氏は水曜の午後に起こった出来事を見て、喜色満面でこんな冗談を飛ばしてくれた。

「目の前にフクロウの家がある学区なんて、州内でもここしかないと思うわ。」

出典: http://www.cdispatch.com  2009年4月2日

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 5日 (水)

フクロウを利用したネズミ駆除の取り組み

フクロウを利用したネズミの駆除はかつては世界各地で行われており、日本でも戦前まで行われていたという話があります。イスラエルでは現在これが組織的に行われている、という話題です。

========

イスラエルで殺鼠剤の代りにフクロウがネズミを駆除

中東では農地の害獣駆除にフクロウとチョウゲンボウが活躍している。これらの鳥のために巣箱を設置し、作物を食害するネズミを捕食させている農家がたくさんあるという。

イスラエルでは以前から有毒な化学農薬の使用を減らそうという取り組みが行われており、今では政府の資金的援助を受けた国家的な取り組みに発展してきている。また最近ではヨルダンやパレスチナの研究者や自然保護団体も、この計画に参加している。

慈善団体のバードライフ・インターナショナルによると、イスラエルでは穀類の畑に殺鼠剤が散布され、その毒を体内に蓄積したネズミを捕食したために、何百羽もの猛禽類が命を落としていたという。その中には多数の絶滅危惧種も含まれている。だが現在ではイスラエルの研究者が農家と協力し、鳥たちを自然の害獣駆除役に仕立てることで、この問題の解決に努めている。

「この国には化学農薬の使用を減らさなければならない切実な理由があるのです」と話すのはモッティ・チャーター氏。テルアビブ大学の研究者で、グローバル・アウル・プロジェクトのイスラエルでの代表者でもある。

 

国境を越えて

 

「農業に携わる人の多くは化学農薬以外に害虫駆除の方法を知りません。彼らは農薬を大量に使用します。畑の上空から飛行機で空中散布するのです」とチャーター博士。

「私たちは農家の人たちに殺鼠剤の使用を減らし、かわりに巣箱を設置するように勧めています。」

この取り組みは1983年に始まり、ガラリヤ湖の南にあるベトシェアンのキブツ(農業共同体)周辺に数個の巣箱が設置された。プロジェクトは次第に規模を拡大し、チョウゲンボウのための巣箱の設置も行われるようになっていった。

「昼のあいだはチョウゲンボウが狩りをし、夜になるとメンフクロウが狩りをします」と同氏。

24時間続けて捕食の危機にさらされることで、害獣たちの行動に変化が表れました。その結果作物の被害も減ってきました。」

チャーター博士の研究に一部資金援助をしているワールド・アウル・トラストによれば、イスラエルには現在国内各地にメンフクロウ用の巣箱がおよそ1,000個設置されている。そのうちの1個にはウェブカメラが仕掛けてある。

イスラエルに生息するメンフクロウの亜種は、ヨーロッパに生息するものほど縄張り意識が強くない。また、ネズミの生息数は季節ごとの変動が少ない。そのため巣箱を比較的狭い間隔で設置することができる。

「最近ではヨルダンもこの取り組みに参加してきました」と話すのはワールド・アウル・トラストの名誉会長、トニー・ウォバートン氏だ。「おかげでプロジェクトの参加者が大幅に増えました。」

さらにチャーター博士が付け加える。「鳥というものはエサと生息に適した環境があればどこにでも巣を構えるものです。鳥には国境などというものはありませんから。」

出典: http://news.bbc.co.uk  2009年5月20日

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年4月 | トップページ | 2009年9月 »