« 2007年10月 | トップページ | 2008年11月 »

2008年1月

2008年1月15日 (火)

決定版ルポライター事始

Photo_6

竹中 労 著
ちくま文庫

竹中労は「無頼」漢である。「はだかんぼう」と言ってもよい。以前読んだ『琉球共和国 -汝、花を武器とせよ!』の痛烈さはここにはないが、それは我が事をふりかえるという竹中に似つかわしくない所業の所以かもしれないし、癌といういう業病にむしばまれながら書いたものが多いせいなのかもしれない。

だが窮民街に生き暮れて、人間が人間を直接殺すのを見、社会の底辺に生きるルンペンプロレタリアートの中に暮らしてそのエネルギーに触れながら革命を幻視する第四章『「探検」(ルポルタージュ)への旅立ち…』は、彼の「無頼」感の形成過程と論理を伝えていて出色。ここで「はだかんぼう」になった竹中は、一生権力の衣を身にまとうことはなかったのだ。

自由とは何からの自由なのか、読んだ者が自ら考え、行動で示してゆくしかない永遠のテーマである。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月11日 (金)

赤地蔵

昨秋、長野県上田市の別所温泉へ行った。久しぶりに“定宿”の「たけや」に電話したら、誰も出ない。仕方なく宿をかえ、「晴山」という宿をとった。宿の若主人が毎日のように山に入り、春は山菜、秋はきのこを採ってきて料理をしてくれるという心づくしの宿だった。
だが何よりうれしかったのは、野倉の集落がすぐ近いこと。夫婦の姿を刻んだ道祖神の石像があることで有名だが、車でないと行けないと思っていた。しかし宿の主人に聞くと歩いて30分もあれば着くという。
早朝、降り積もった落ち葉に霜がおり、その葉の白い縁取りがきれいな模様を見せる山道を歩いて登った。30分もかからない。道祖神は集落のはずれにひっそりと建っていたが、集落の中心の辻に建っていたのが、下の赤地蔵だ。

Photo_3

説明によればここ野倉は降水量が全国でも指折りに少ない村で、干ばつがくると村人はこの地蔵を近くの沢に投げ込んで雨乞いをしたという。
その扱いの手荒さにも全身を真赤に塗られた様子にも、庶民のエネルギーの荒々しさがあらわれている。

Photo_2

道祖神を見て戻ろうと顔をあげると、目の前に夫神岳がぽっかりとそびえ、近くの民家からはかまどの火をたく煙があがっていた…。

Photo_4

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年10月 | トップページ | 2008年11月 »